Vol.7 森光牧場 森光 力さん


いつ訪れても絵本の世界に紛れ込んだような美しい景色を有する敷地内だが、2020年7月に起きた九州地方を中心とした大雨では、川が氾濫して豚舎にまで水が流れ込み、子豚70頭が被害に遭って大変だったという


店内の壁には、ローリング・ストーンズやデヴィッド・ボウイ、鮎川 誠など、名だたるロックミュージシャンの写真がディスプレイ。ドライした大きな木や花がさり気なく飾られているなど、杉さんの世界観が伝わってくる


フードメニューは、ホットドッグ、ベーコンドッグ、アボカドベーコンドッグの3種類。イートインもできるが、天気が良い日は店のすぐそばにある川の土手に座ってホットドッグを頬張るお客の姿を見かけることが多い


「養豚づくりが深くて面白いと実感したのはハムづくりを始めて3年目のあたりから」と杉さん。豚の飼育と出荷が本来の家業だが、業務内容を広げることで仕事を楽しくしていった。クリエイティブな発想と行動が人生を豊かにする

杉畜産という社名は知らなくても、筑後にあるリバーワイルドのことは知っている人も多いかもしれない。シェ・サガラのカンパーニュを使った、肉汁たっぷりでボリューミーなホットドッグを提供している有名なカフェだ。毎週木曜〜日曜のみオープンをしている店内では、敷地内で育てている豚を加工したハムやソーセージを購入することもできる。商品をディスプレイしたショーウインドーを眺めていたら「アンディ」と記載されたネームプレートに目が留まった。

“アンディ”とは、モモ肉でつくったハムの商品名のこと。杉 勝也さんは、ロックミュージシャンや詩人、絵描き、映画が好きで、そこからインスパイアされた遊び心ある名前を自分の加工肉に付けている。商品名もそうだが「リバーワイルド」――、このたった7文字に散りばめられた杉さんのセンスがとても好きだ。筑後川のほとりに佇んでいるこの風景を切り取って名付けたのだろうが、言葉の響きが美しく耳に心地いい。

リバーワイルドでは、駐車しようと敷地内に入った時から、車の中にいてもゴォォー、ゴォォーと激しく重低音な水の流れが聞こえてくる。

いつ訪れても、変わりない風景。何度訪れても、変わらない水の音。

川をのぞき込むと、白い水飛沫が空に向かって大きく躍動していた。男性的で力強い。川との距離は十分に取っているものの、勢いよく流れる水のパワーに圧倒されて一瞬ひるんでしまった。この場所を訪れる度に、自然の力強さや凄みを感じられずにはいられない。

杉さんを語る上で外せないこと。それは、柿豚の存在だ。

先に種明かしをすると、柿豚が食べている柿はフツウの柿ではない。エコ農産物と言われる「ふくおかエコ農産物認証制度」を取得した貴重で、かつ、プロの料理人たちが絶賛する『柿之屋』の甘〜い柿だ。「エコ農産物」とは、農薬や化学肥料の使用を減らして育てられた特別栽培農産物のこと。化学合成農薬の成分回数と化学肥料の使用量が共に県基準の1/2以下という条件下で生産しているため、果樹の中でも特に柿やブドウは認証取得者が少ない傾向にある。福岡県内では1000軒を超える柿農家のうち、認証を取得しているのはわずか12軒ほど。それほど、柿之屋の柿は貴重なのだ。


これは食した柿ではなく、豚が食べている(売り物ではない)柿之屋の柿。柿豚の豚は、生後5か月目からおやつとして1日3〜4個の柿を食べている

「ちょっと待ってて」。そう前置きをした杉さんは、厨房の中に入って行ったかと思うと手のひらに柿を2つのせて戻ってきた。手渡された柿は、つやつやとした渋いオレンジ色の輝きを放っていた。「オレは、柿之屋の秋吉くんと秋吉くんが育てた減農薬認証の柿を応援したくて、豚に柿を食べさせてみようと思ったの」。

その日の夜、何も告げずに皮をむいた柿を母に差し出すと、ひと口食べて「うわっ、すごい。この柿、誰からもらったの?」と驚いていた。母に続いてゆっくりと口に含むと、しっとりとして歯触りが良く、噛むごとに甘味がどんどん口の中に広がっていった。

杉さんの豚舎とカフェの川向うに、朝倉市杷木志波(はきしわ)という全国でも有名な柿の産地がある。杉さんが「秋吉くん」と呼ぶ人物――、秋吉さんはその地域の柿農家「柿之屋」の農夫だ。

近年「食品ロス」や「フードロス」という言葉が定着してきたが、果物も同じ。昔に比べて日本人のフルーツ摂取量が減っていることは、ニュースでもしばしば取り上げられている。売れ残ったフルーツの多くは廃棄されており、その数は膨大だ。
秋吉さんがつくる柿はエコ農産物の栽培方法を選んだことで収穫量がそれまでに比べて1/3に減った。それでも傷が付いて出荷ができなかったり、売れ残ったりして、シーズン中は柿を土に埋めて廃棄しているという。

後輩の秋吉さんがどんな想いで難しいエコ農産物認証を取得し、栽培してきたか。間近で話を聞いてきた杉さんは、ある日言った。「その捨てる柿、豚に食べさせてみたいから引き取らせてもらえないか?」。

イノシシにとって山にある果実を食べるのは普通のこと。ならば、イノシシを祖先に持つ豚もフルーツを食べるだろうと考えていた杉さん。実験をしてみようと7か月の成育期間のうち、最後の2ヵ月だけをおやつに秋吉さんの柿を食べさせてみると、豚の味が格段においしくなった! 豚は短いスピードで成長する分、摂取したものがすぐに血となり肉となる。

「秋吉くんが目指す柿がある。手間暇かけて丹精を込めてつくっても、どうしてもロスが出てしまう。だったらそのロスを自分が引き受けて、つくれる分だけ柿豚をつくってみよう。エコ農産物の柿にしても、その柿を食べさせた豚にしても、他にはない付加価値があるから生産者としては差別化ができるはずと考えたんです」。

お金儲けをしたければ、秋吉さんの柿だけでなくいろんな農家さんがつくる柿を食べさせて、すべて柿豚にし、値段を上げたらいい。でも、秋吉さんが難しい栽培方法でがんばって柿をつくっている。これが大事。根底にあるのは、秋吉さんと秋吉さんがつくる柿へのリスペクト。その行動がリバーワイルドの柿豚へとつながった。

柿豚の出荷が始まると、杉さんの試みを聞いた筑後の仲間たちが声かけてきた。そして、秋吉さんからは柿だけでなく、秋吉さんがつくるぶどうも食べさせたいと提案を受けた。

今まで廃棄せざるを得なかった自分たちが大切につくり上げたものが、魅力ある商品に生まれ変わる――。つくり手側にとって、どんなにうれしいことだろう。その企画の発案者が行政や民間の会社ではなく、生産者側である杉さんという点にも着目をしたい。柿豚から始まったプロジェクトは、いつの間にかシーズナル豚を通して筑後の生産者を紹介する一面も併せ持つようになった。

ネット販売を始めたら頻繁に売り切れるようになり、来店するお客さんからは毎年秋になると「そろそろ柿豚の季節になったわね」と話しかけられる話題が広がった。

店頭に並んだ野菜や魚を見て四季を感じるように、リバーワイルドには季節を楽しめる肉を売っている。しかもその肉には、杉さんだけでなくそれぞれの生産者の想いが込められている。今年の販売スケジュールは、2月から5月は蔵元・若竹屋の純米吟醸「渓(たに)」をつくる過程で出た酒かすを食べて育った吟醸豚、6月から7月は柿之屋の葡萄豚、8月から9月は赤司農園の桃を食べて育った桃豚、10月は葡萄豚、11月から柿豚を予定しているそうだ。10月は葡萄豚、11月から柿豚を予定しているそうだ。

こだわってつくった作物が評価をされなければ、数で勝負をしようと農薬を使った大量生産へと追い込まれてしまう。食の安全を守るためには、消費者が良いものを買い続けることが大事。

杉さんが紡ぎ出したストーリーは、わたしたちが生産者に興味を持つ大きなきっかけになったことは間違いない。だって、柿豚も吟醸豚もどんな味がするのだろう? と想像するだけでわくわくするし、その豚のもととなっている柿之屋の柿も若竹屋の渓もどんな味がするのか気になって仕方がないのだから。

Riverwild Ham Factory

http://www.riverwild.jp

0943-75-5150
福岡県うきは市吉井町橘田568 上中島2-572

11:00〜17:00 休/月曜〜木曜