vol.2 From Tomato 佐々木悠二さん
プロフィール:今年の春、ある新聞記事が目に留まった。それは、日鉄エンジニアリングの元エンジニアがトマト農家に転職し、未利用エネルギーと農業をかけ合わせた仕組みをつくっているという内容だった。面白そうな試みだと思い連絡を取ると「農家を目指したわけではなく、エネルギー問題を解決したくて農業という仕事を選びました」と語ってくれた。
  • トマトジュースの写真

    フルーツのような爽やかな甘酸っぱさが楽しめるジュース。直売所のみで販売(1カップ100円)

  • トマトチーズケーキの写真

    直売所限定・トマト好きのためのトマトチーズケーキ(1ピース300円)。売切れごめんなので気をつけて

  • コンピューターの写真

    すべての司令塔。ハウス内と養液路地栽培の水や養液の量は、このコンピューターでコントロールしている

  • ボイラーの写真

    温度が低いと生育速度が落ちるので、このボイラーで温めたお湯を苗の根元とハウス内に送りハウスを温めている

元エンジニアがつくるトマト

  • 元エンジニアがつくるトマトイメージ

    「九州のスーパーで見かける8〜9月のトマトは、北海道など涼しいエリアで収穫したものがほとんど。僕たちが目にする頃に赤くなるように、熟す前に出荷するんです。だからこの時期のトマトは、甘みが少ないものが多いんですよ」。

    佐々木さんからこの話を聞いた時、「えっ!?」と思わず驚いた声が出てしまった。

  • 元エンジニアがつくるトマトイメージ

    ハウス栽培が盛んなトマト。珍しい野菜ではないため、スーパーで見かけるトマトは通年、県内か近県産で採れたものが主だと思っていたが、どうやら違った。冬場は暖かいハウスも夏は太陽の光を浴びて40℃近くになるため、この環境下でトマトを育てると水やりの頻度が増えて作業が大変になる。
    そこで、7月からお盆前までいったんトマトづくりを休み、お盆明けから苗を植え始めて10月中旬から出荷をスタートさせる農家が多いそうだ。そして6月になると、福岡産のトマトは最盛期を迎える。これが、福岡のトマト農家の一般的なサイクル。

  • 今年の6月中旬、佐々木さんは新たな試みを始めた。ハウス栽培と併行して、養液を使った6000本もの露地栽培を始めたのだ。時々、割れたトマトを見かけることがあるが、これはトマトが土の中の水分を吸い過ぎてパーンと破裂したために起こる現状だという。しかし、佐々木さんの露地栽培は直接地面に植えずに小さなポットを使うため、水分の吸い過ぎを防ぐことができる。

    「農業仲間にこの話をしたら、爆笑されたんですけどね」と佐々木さんは笑う。農業に従事していないとピンとこないのだが、とてもユニークな発想なのだろう。これが成功したら画期的なことだという。

  • 元エンジニアがつくるトマトイメージ

    養液露地栽培の様子。一株ひと株決められた量の水と養液がドリッパーから注入されていく。「量をたくさんあげすぎると味がぼやけるので、頻度を少なくすることがおいしいトマトに育つコツなんです」と佐々木さん

    今まで出荷が難しいといわれていた時期に自分たちが育てた真っ赤なトマトがズラッとスーパーに並んでいる姿を目の前で見ることができたら、どんなにうれしいだろう。そうなれば、九州に住むわたしたちもジューシーな完熟トマトを真夏に食べることができるようになる。数時間の取材でFrom Tomatoの努力を知り尽くすことはできないけど、佐々木さんの想いは十分に伝わってくる。なんてスケールの大きな話なのだろう! まずは、今年の夏が楽しみだ。

    数年後、From Tomatoは従来の農業に風穴を開けることをやってのけるかもしれない。聴き手のこちらまでわくわくしてきた。

未来の日本が抱えるエネルギー問題

  • 2018年に第2のキャリアをスタートさせた佐々木さん。1年半後には同期だった宮田さんと良田さんが合流し、チームとなった。

    3人の前職は、大手製鉄のエンジニア。佐々木さんは発電する設備をつくる設計・工事・製造・調達の各部門を統括するマネージャーとして、当時、中国とインドを行き来する日々だったという。なぜ、製鉄業から畑違いの農業職に就いたのだろうか? きっかけは、長女の誕生だった。
    「娘たちが生きる未来のために、僕はなにができるのだろう? そう考えた時に、今までの経験や培ってきたノウハウを海外ではなくまずは日本へダイレクトに貢献できないか。そう考えるようになったんです」。

    今、日本は必要なエネルギーの9割を海外から輸入している。現在はこのカタチが成り立っているが、何十年、年百年後もこのまま変わらず海外から購入することはできるのか。輸入している資源は将来的に枯渇しないか、その頃も日本経済は成り立っているのか。化石燃料は価格変動も大きい。

  • 一人ですべてをこなすのは難しい。仲間がいるから救われた。

    会社の立ち上げ当初は、養液栽培が進んでいるオランダの本を読んで我流でトマト栽培をしていた佐々木さん(左)。中央が栽培技術責任者の良田さんで、右が水やりシステムを開発した宮田さん

  • 未来の日本が抱えるエネルギー問題イメージ

    「計算上では1本の苗から1kgのトマトが採れるはずなのに、実際の収穫は6割ほど。自然相手の農業は難しい」と宮田さん。ハウス1000uの広さに対し、通常はトマト2000〜2200本を植えるそうだが、From Tomatoでは4000本を植え、極小栽培+低段密植の手法で育てている。From Tomatoの商品は「ポケットマルシェ」というサイトでも購入可

    未来の日本が抱えるエネルギー問題イメージ

    エネルギー自給率が低い日本。しかし、再生可能エネルギーの比率を増やしていけば状況は変わるかもしれない。悩みぬいた末、工業炉や発電設備の建設経験を最も活かすことができるバイオマス分野への参入を決めた。バイオマス発電なら、間伐材や全国で問題になっている竹林の竹を使ってエネルギーを得ることができる。佐々木さんにとって、まだ使われていない資材を用いて再生可能エネルギーを生み出すことが重要なのだ。

    進みたい方向は決まった。バイオマス発電所の建設を最終目標に、まずはコストを抑えバイオマスから熱を生み出して利用することを考えた。では、全国どこにでも存在し、熱を必要とする産業ってなんだろう。そう考えた時に「農業」という漢字2文字が頭に浮かんだ。

  • 未来の日本が抱えるエネルギー問題イメージ

    ―――From Tomatoのハウスを見学させてもらった。ハウス内の温度を上げたい11月末〜3月末は、近隣から伐採してきた竹をバイオマスボイラーで蒸し焼きにして竹炭をつくる。その際に発生する熱でお湯を沸かし、ハウス内に設置したパイプを通してトマトの苗とハウス全体を温めていく。元エンジニアの3人だから、プログラミングはお手のもの! バイオマスボイラーは九工大の先生から使用済みのものを譲り受けたが、ペレットストーブは有限会社けなし製を取り寄せ、それぞれを組み合わせて温室用の暖房をつくりあげた。また、自動水やり装置などは通販サイトで調達した部品を用いて自分たちで製作。

    このやり方が広がれば、エネルギー問題が解決するかもしれない。全国には、竹や間伐材など未利用の資源がたくさんある。そのためには、会社の規模を大きくしてこの仕組みをフランチャイズ展開し、取り組みの輪を広げたい。

    同僚の宮田さんと良田さんに佐々木さんの人柄を伺うと「前に進む力と、この方法がダメなら次! という切り替えの早さがすごい」と教えてくれた。小さな子どもたちの未来を慮る父親の想いが、未来を切り開くパワーを支えている。

久山というポテンシャルを農作物のブランディングに活かす

  • 「農業をやって初めてわかったのですが」と佐々木さんは切り出した。「国はITを導入して生産量をアップしようというけれど、みんなが同じタイミングでたくさんの量を収穫しても価格が下がるだけ。栽培技術と同時に、物流の手段も変えていかないといけないと思うんです」と日本の農業が抱える課題に直面したと打ち明けてくれた。

    販路を広げるのは難しい。ましてやイチ農家がブランド力を育てるのがどんなに大変か、その苦労をよく理解したからこそビジネスモデルを早く確立させて温室トマト栽培をフランチャイズ化し、From Tomatoの名前で消費者まで運びたいと強く願うようになった。

  • 竹の成長スピードは早く、切っても切っても終わらない。
  • 「僕たち新規就農者は、代々農家の人たちと違って信用を得るまでに時間がかかる。消費者が買いたいと思う値段で出荷をするなら、もう少し土地の規模を増やして出荷量を増やさないと厳しい。だけど、まとまった土地を手に入れるのは大変だし、広い土地を手に入れると人件費もかさむから大変です」と苦笑いする。

    2018年からトマトづくりを始めて、これまで10品種を育ててきた。品種が変わると、水の量や液体肥料の濃度がその都度変わる。いろんな種類を育てれば育てるほど、作業負担が大きくなることがわかった。これも、やってみて初めてわかったことだ。

    「7月中旬に収穫するトマトは3種類。今後は中玉トマトとミニトマトの2つに絞ってつくっていく予定です」。2019年の出荷量は1トンだった。2020年の出荷量は、目標20トン!

    就農3年目になる今年は、秋に新たなチャレンジをする。それは、竹や間伐材を使ったトマトと同じ暖房システムを利用して直方市の農家と一緒にイチゴ栽培をすること。このバイオマスエネルギーを利用して、イチゴの生育に適した環境をつくり出せるのではないかと期待しているそうだ。

  • 竹林地帯を整備して竹などの資源を利用し、持続可能な農業を実現イメージ

    林野庁によると、竹林面積の多い府県は全国1位の鹿児島を筆頭に、2位の大分、3位の福岡、6位の熊本、8位の宮崎と、九州が軒並みトップ10入りをしている(「森林資源の現況」より)。昔はかごやざる、家の垣根、家具など竹を用いた日用品が日本人の暮らしに溶け込んでいたが、プラスチック製品の台頭と竹材や竹製品、筍の輸入品が増えたことで需要が減少。また、生産者の高齢化によって筍の生産が衰退し、森林の手入れが行き届かなくなったことから繁殖力の強い竹が増えて竹林面積が増大。場所によっては、がけ崩れが発生しやすくなるなど被害が起こりやすくなっている。

  • From Tomatoの仕組みが広がっていくと、九州が今よりも暮らしやすく魅力的な土地になるかもしれない。そして、彼らの取り組みをきっかけに日本の産業を見直す人たちが増えることを願って――。

    今をひたむきに走り続ける佐々木さんたちの挑戦は、まだ始まったばかり。近い将来、福岡県外のスーパーで「From Tomato」の名を見ることができる日がやって来る。今からとても楽しみだ。

From Tomato

https://www.fromtomato.com/

050-5374-5011
福岡県古賀市筵内866(古民家油や)

毎週日曜に限り直売所(古民家油や内)をオープン!
10時〜売切れ次第終了
※7/19(日)は営業予定。トマトの収穫がない日曜は
販売なし。要問合せ