vol.1 里山サポリ 城戸勇也さん
プロフィール:ピザ職人として働いていた城戸さんが農家に転身をしたと知ったのは3年前だった。当時、始めたばかりの城戸さんのインスタグラムには、福岡県のはずれ、粕屋郡久山町で畑を耕している様子や四季の草花が投稿されており、イタリア野菜や西洋野菜など珍しい品種をつくっていると知ったのは、それから半年後だった――。
  • 野菜の写真

    毎週日曜13時から開催の無人農園直売所「里山マルシェ」。城戸さんの畑で取れた朝採れ野菜を購入できる

  • 苗の写真

    苗半作という言葉があるぐらい、苗づくりは野菜の生育を決める大事な作業。「何事も準備に8割です」

  • ひまわり畑の写真

    夏になると久山にヒマワリ畑が出現! 城戸さんが手がける畑で、レストラン「御料理 茅乃舎」の近くにある

  • やぎの親子の写真

    除草部隊として城戸さんのもとへやって来たが、今では癒し専門として活躍中のユキちゃんと母ヤギのメリー

久山でつくるイタリア野菜

  • 久山でつくるイタリア野菜イメージ

    チポロッティ、レッドロメインレタス、シュクリーヌレタス、フェンネルなど聞き慣れないイタリア野菜が畑から顔を出している。初夏の風に呼応するかのように、みずみずしい葉っぱが右に左にゆっくりと揺れる。眺めているだけで気持ちがいい。
    ここで、素朴な疑問。そもそもイタリアと日本は気候が違うのに、福岡の中でも涼しい久山でイタリア野菜は育つのだろうか?

  • 久山でつくるイタリア野菜イメージ

    「トライ&エラーで時期を変えながら植えているんです。うまく育ったら他の農家の参考になればとインスタグラムに投稿をして。今育てているのは、根セロリやイタリアンパセリ。強い陽射しが苦手で日本の夏には向いてないから、この畑の上に緑のカーテンをつくろうかなぁと検討中なんです」。

    やりたいことがどんどんあふれてくると言わんばかりに言葉の端々から、城戸さんを包み込む空気から農業を楽しんでいる様子がまっすぐに伝わってくる。そんな城戸さんが大切にしているのは、久山でしかできない農業スタイル。

  • 「植物にとって土は、人間になぞらえると内臓と同じ。いろんなものをバランスよく摂取した方が腸内環境は良くなるはず。その考えのもと、落ち葉やもみ殻、米ぬか、魚のあら、生ごみ、そして“だし”で有名な茅乃舎のだしづくりの過程でできるカスなど、自然のものや食品廃棄物を土づくりに利用し、ゼロから堆肥をつくっている(茅乃舎の本拠地は、久山だ)。堆肥づくりに欠かせない微生物の資材も、夜明け前にヨモギの新芽を摘んできて黒糖と混ぜてつくるなど、手間暇を惜しまない。堆肥のあるビニールハウスも見せてもらったが、そこは城戸さんにとっての源流だ。この堆肥をベースに、野菜の特長に合わせて肥料をブレンドしていく。

    久山の土壌に合う堆肥や菌をつくって、久山でしか採れない野菜をつくりたい。買ってきた肥料では、久山でしかできない農業スタイルが薄れてしまう。

  • 久山でつくるイタリア野菜イメージ

    キュウリのような爽やかな風味があるエディブルフラワー(食用花)のポリジ。イタリアでは若芽も食用として使われている

    実家が農家なわけではなく、独学で勉強した新規就農者の城戸さんが現在農作業を行なっている土地は1万5000uほど。この土地を誰かの手を借りることなく、すべて一人の手で作業している。
    「つくった堆肥を畑に混ぜて発酵させて何か月か後にやっと使えるようになるから、土地のうちの半分は半年間寝かせているんです。だから、作業をしているのは、常に土地の半分程度」と城戸さんは、大したことないよみたいな言い方で話してくれる。なんて謙虚なのだろう。

    おいしい野菜を使うと、料理が圧倒的においしくなる。「ピッツァ職人の頃から、そんな野菜をつくってみたかったんです」と話してくれた。

野菜とフルーツの格差問題

  • 「プレゼントとしても喜ばれるトマトやイチゴなどフルーツは出費を惜しまないのに、毎日の食事で使う野菜は100円前後のものを選んで買い物する人が多いのはどうしてだろう。不思議に思いませんか?」。取材中、そんな言葉を投げかけられてドキッとした。

    城戸さんによると豊作貧乏という言葉があり、豊作だと喜んで出荷をしても時期によっては野菜の供給過多によって値崩れし、中には1箱5円の値段が付いてしまうケースもあるそうだ。また、市場では値段が崩れない大きなサイズの方が安定して売れるため、もちろんすべての農家がそうというわけではないと前置きをしておくが、最優先すべきはサイズでおいしい味づくりはその次にならざるを得ない日本の農家の現状があるという。なんて、もったいないのだろう。農家の伸びしろはまだまだあるのに。レストランで食材を扱っていた頃から感じていたそうだ。

  • 農家と消費者を結ぶ情報の流通をつくれば野菜の価値は変わるかもしれない。

    「アーティチョークは実が大きいものは素揚げがオススメで、それ以外の大きさのものはトマトと一緒に煮込むとおいしいですよ!」と城戸さん

  • 野菜とフルーツの格差問題イメージ

    実を収穫するまでの間、黄色の花を楽しむことができるトマティーヨ。農業は、iPadやスマホなどのデバイスから音を流しながら仕事ができるので、以前に比べて耳から入る情報量が多くなり視野が広がったという

    野菜とフルーツの格差問題イメージ

    「食材を活かす」という誰もが知っている言葉がある。解釈の仕方はそれぞれだが、自然の恩恵をたっぷりと受けた食材は調理をする人の腕や知識を超える偉大な力を持っていることを指す言葉ではないだろうか。だから城戸さんも「おいしい野菜を使うと、料理が圧倒的においしくなる」と話してくれたのだと思う。

    「野菜の本当の価値をわかっている人が少ないんじゃないか。これは僕が飲食店時代から抱いていた疑問なんです。だったら僕も農業の世界に入って野菜の価値を上げていきたい。そう思ったんです」。

  • 野菜とフルーツの格差問題イメージ

    野菜の価値を上げるためには、仕込みから収穫までのストーリーをしっかりと伝えることが大事。細かいことでも1つひとつの作業を、手間を、想いを丁寧に伝えることで相手に伝わっていく。

    例えば、お米は高く売れないからと思い込んでいる米農家がいるのであれば、多少値が張っても買いたいと思う価値をつくればいいだけ。野菜などおいしい農作物をつくり上げる道筋づくりを城戸さんはこの久山で実践している。

久山というポテンシャルを農作物のブランディングに活かす

  • 4月の初め、城戸さんがわさび田をつくったことを里山サポリのインスタグラムを見て知った。ずっと気になっていたので、取材時に案内してもらった。

    城戸さんの地元である久山は、夏は水遊びができる猪野川を有し、6月には蛍が飛び交う福岡でも清らかな水がある地域だ。ただ、わさびが採れるとは初耳だったので質問をすると「僕らのおばあちゃんの代までは生育していたそうですよ!」と教えてくれた。わさびの名産地といえば長野県の安曇野や静岡県の西伊豆が頭に浮かぶが、こちらの考えを見透かしたように「わさび田で採算を取ろうとは思ってませんよ!」と爽やかに笑った。

  • 行動力に勝るものはない。心の中でなんども繰り返している。
  • 城戸さんの考えはこうだ。水がキレイということは、その土地で育つお米がおいしいということ。久山には米農家も多く、城戸さん自身も少量だがお米をつくっている。であればこの土地柄を活かし、わさび田もしかり、既にある川遊びや蛍などをブラッシュアップして名所にし、久山で収穫ができるすべての農作物の価値を高めていきたいのだという。

    「ただ」、と城戸さんは続けて言った。「自分がやっているからみんなもやってよ、とは思ってないんです。僕にとって農業やストーリーづくりは、真剣に取り組んでいる遊びの延長。自然豊かな久山にはポテンシャルがいっぱいあるけど、このまま手つかずの状態だったらそこから何も生まれない。野菜のおいしい価値を表現するために久山の自然価値を表現できる作物を増やしていきたいんです」。

  • 久山というポテンシャルを農作物のブランディングに活かす

    「御料理 茅乃舎」の近くに、夏になるとヒマワリ畑が出現する。これは、茅乃舎から食品廃棄物をいただくお礼に「御料理 茅乃舎」に食事に来たお客さまに喜んでもらえればと城戸さんが昨年から始めた取り組みだそうだ。

    このヒマワリ畑は、肥料として土壌に淹れたまま耕す緑肥という農法を取り入れている。昨年の夏、インスタグラムでこのヒマワリ畑をなんどか見かけたが、まさか城戸さんの取り組みだとは知らなかった。堆肥づくりのもととなる落ち葉を拾うことで町の景観は守られ、食品廃棄物を使うことでゴミの量が減る。

  • 農家の手仕事が産業となって景色となり、その土地が魅力的になっていく。
    今年は暖かいので多少ずれるかもしれないが、例年通りであれば6/10〜6/20ごろ、久山の夜の闇に舞う淡く小さな蛍の光をいくつも見ることができる。
    「田舎の景観を農業の営みを通してつくっていきたい――」、城戸さんの言葉が心に響いた。

「里山サポリ」

里山サポリ

https://www.instagram.com/satoyama_sapori/

※農園直売所「里山マルシェ」は、毎週日曜13時〜売切れ次第終了
福岡県糟屋郡久山町大字猪野91
090-8393-0357

  • 城戸さん直伝!ビーツの冷製スープ