「また別れちゃいました」
「え〜〜っ、またぁ、今度はなんで」
桜の頃と今頃の紅葉の時分、だいたい年に2度ほど失恋の報告に来る32歳独身男。今年も恒例の別れ話に訪れた。
「そうとう我慢したんですけどねぇ、駄目でした」
「何がイカンかったと?」
「焼酎です。ガマンできませんでした」
彼によると、焼酎、特に麦、芋、米、ソバなどの多様な原料を蒸留する乙類とか本格焼酎と呼ばれる一群は、アルコール以外に原料特有の香味成分が特徴。この豊かな味わいを生かすためには、お湯割にする時の温度と順番がポイントだという。
熱湯は禁物で、熱さでアルコール分子が壊れ、ツンとしたにおいが立ってしまう。まずはお湯を先に注ぎ、次に焼酎をお湯の上に置くようにゆっくりと注ぐのが正解。
そうすると対流作用で自然にまんべんなく混じり合って風味が出るのだ、と。
「それなのに何度言ってきかせても先に焼酎を入れて、上からドバッと熱湯かけるんですよ」
「いいじゃないたかが焼酎くらいどっちが先であろうと飲んで酔えば一緒やろうもん。彼女のことホントに好きだったらそれぐらい許せる範囲でしょうもん」
「それは違いますよ。一事が万事というじゃないですか。他にも気になるとこがあったりして、要は女なのにガサツなんですよねぇ」
はいはいそうですかぁ〜〜。
こうなるともう何を説教しても効き目なしです。
一度離れた気持は戻りませんから。
遅まきながらせめて「割水(わりみず)」をいう飲み方を教示した。
乙類焼酎と上質な水を半々程度の比率で混ぜ合わせ、適当な酒器に入れて1〜3日程寝かせると、焼酎に水がなじむ。その場で作る水割やお湯割とはひと味違うまろやかなおいしさになるから試してごらん、と。
しかしあまりにも厳格主義の男には平凡な幸せは遠かろう。