滝悦子のエッセイ「洒洒落落(しゃしゃらくらく)」

新人の心得

街なかで、いかにも新入社員と思しき一団を見かけるのも、桜花舞う季節の風物詩だ。
私が組織に属していたのは20代のほんの一時期だったが、そのときの上司からアドバイスされたことは半世紀経っても忘れない。
「アンタの世界がミンナの世界じゃないからね」
人間関係が横並びの学校とは異なり、職場は自分の常識や価値観だけでは測れない場。
そこで円滑なコミュニケーションを実現するにはまず、これまでの自分が見ている世界はたくさんある世界のほんの一つにすぎず、立場や人がちがえば見える世界がちがう。それを知るべきだと教えたかったのだ。最初のレッスンだった。
「合わんと思ったらそれで終わりよっ」
これまた重要な示唆である。
つまり会社にはいろいろなタイプの人がいる。自分とは合わないと感じる人もいるわけだが「合わない」「あの人に自分のことは分らない」と切り捨てる前に、何故?あの人はそういう反応をするのか?と考えろ、と。
コミュニケーションの基本は想像力で、コトバの裏にある真意を想像してみることによって別の側面が見えるはず、なのだ、と。
今だったらこういうふうに物分り良くスンナリと腑(ふ)に落ちるから苦労はないが、なにしろ新米だからマゴマゴすることも多いわけです。タイヘンデシタ当時は。
その上司はとても明快な人だったので
「一番大事なのはあいさつ。明るく元気にハキハキと!それだけで最高の自己紹介だっ。そして仕事を頼まれたときの答えは二つ。ハイかイエス。ノーはない」と。
ほんとに助かりました。
長々と説教は不要だから、シンプルに提言してくれるのが一番ですから。もうひとつ。
「新人だからといって黙ってちゃ駄目。経験がないからこそ新鮮さがある。臆せずどんどん現場の意見が欲しいんだ。間違っとっても新人だからたいして問題にならん」
卓見であります。