「ドコに行くか、より、ダレと行くか」が大切だ。と知らされたのは、30数年前のことだった。
当時、ベスト電器の社長で、今は亡き北田光男氏。創業者特有の熱情と行動力の持ち主で、何としても上場を果たすという夢に燃えておられた。
私は駆け出しのコピーライターで、雑誌の記事企画内容を説明していた最中だったが、その時、
「僕は明日からドイツに行くんだよ、東京の経団連に誘われて」
「へぇ〜イイですね。ヨーロッパなんて。私も一度は行ってみたいです」
まだまだ若くて能天気だったから単純に羨ましかっただけだが、次に続いた台詞には真底から驚いた。
「何がイイもんか!好きな人と二日市温泉にでも行ったほうがよっぽど楽しいよっ」
返す言葉もなく、唖然として突っ立っていた私だった。
が、今なら分かる。
気の効いた対応が出来るはずだ。
経営者の孤独感や、年齢を重ねてみなければ知り得ない「本当に大切なもの」が、あの頃の私には皆目分らなかった。
ただ直感的にこの話は愉快だと判断して、それ以来何十回とさまざまな方々に披露してきたが、とにかくウケル。特に男性は全く同感だと身体中で表現なさる。
深い真理が潜んでいると感じてきたが、長く生きていればイイコトが起きるもので、最近アブラハム・マズローという米国の心理学者が「自己実現」について研究を重ねたことを知った。
それによると、本当の意味での自己実現は、人間が欲求に上限を定めない限りなかなか得られるものではないが、我を忘れてスポーツに没頭したり、美しい風景に心を奪われて感動したときなどは、極めてこれに近い状態にあることがわかり、これを「ピーク経験」と名付けた、と。
さらに、このことに注目した後続の学者が「あなたはどういう状況でピーク経験をしましたか」という聞き取り調査を行ったところ、状況はさまざまだが、面白いことに、仲のいい友達とか、家族とか、必ず親しい誰かが傍らに居た、ということが明らかになった。
何々君と木に登って見た夕焼けの空の色、とか、友達と海の家でアルバイトをしていたときに見た夜の花火とか、そこに他者の存在があることが特徴として表れていると。
そうなんです。
長い時空を経て、「ダレと共に」の重要さを検証した、或る種の達成感に、いま私は包まれているわけなのです。