滝悦子のエッセイ「洒洒落落(しゃしゃらくらく)」

見栄えのいい鍋

春まだ浅く、冬の間の習慣でまだついつい「晩ごはんは鍋もので」という家が多いようだ。無理もない。鍋とひと口でいうけれど、これほどバラエティに富んだ組み合わせを愉しめる献立で、しかも比較的カンタンなのだから重宝してしまうわけである。主婦ならワカリマス。
しかし、たまには目先を変えてみたいとお思いのあなたに、耳よりなアイデアをひとつ。デザイナーのコシノジュンコさんから聞いて、私も目からウロコが落ちたのだ。
プロの料理屋さんが彼女の家に来て、鍋ものをおもてなしの席用に作ってくれたのだが、その発想の素晴しさに感動した、と。
普通ならまず鍋にダシやスープを煮立て、そこに肉や野菜などの材料を順々に入れていくのだが、彼らのやり方は逆。
まず、コシノ家で一番大きな土鍋に、生のままの白菜、きのこ、ネギ・・・と具財を次々と盛っていく。
その盛り方がまた、まるで活け花のように美しい。うっとりと眺めていたいほど。
そして、そこに別の鍋で作っておいたスープをザーッと流しいれ、それからグツグツ煮るのである。
こうすると、鍋の中で材料が泳がない。
中の野菜も盛った時の姿のまんまだからグチャグチャにならない。
さすが!と感心しきり。
料理屋さんでは厨房に入らない限りは、料理人たちがどんな手順で作っているか不明だけど、家に来てくれたおかげで秘密を一つ知ってトクした気分だった、と。 この方法なら誰にでも見栄えのいい「お鍋」が出来るから試してみて、とのことだった。
実は私は鍋ものに三種類以上の具材が同時に存在するのが気に入らない性質で、ダシの表面積が広々と漂っている様子を好むのだ。
しかし、これは偏愛というものであり、実態は、同席の者どもが勝手無作為に己が食べたい別皿の野菜を放り込むのを制止するのが大変なのだ。
放っておくとたちまち鍋の中が散らかってしまい秩序正しい様式美からはどんどん遠のいてしまう。
従ってこの、一度に投入してデザインを保つ方法は、多勢が鍋を囲む際のストレス軽減には多いに役に立っている。
いちど試してみて下さいませ。